芹生の見どころ

芹生の里/見どころ

芹生山荘 掬水庵

故米田力三氏の故郷に対する思いを受け、畏友 佐野藤右衛門氏(庭園の設計・施工)及び山森徹朗氏(奥座敷及び周辺の設計・施工)により、完成(1982年)しました。 庭園内及び芹生ロッジ内の紅枝垂れ桜(祇園 円山公園の紅枝垂れ桜の孫桜)その他、太白、御車返しなどは全て佐野氏及び弟子たちにより植えられました。 又園内に植えられている台杉はこれまで故米田氏が育ててきた中より選び、これを移植したものです。

芹生ロッジ

元はYONE株式会社の創業期の工場をこの地に移転したものを、ロッジ風に改装しはじめ、 平成20年頃に現在の姿になりました。
現在、普段は同社の研修やイベントに多く使われていますが、ご要望に応じまして、 お泊り、屋外の芝生での焼き肉パーティー食事会その他ライブなどの音楽イベントにもご利用頂けます。

芹生 / ぐるめ

標高600mの寒村・芹生ですが、ここくらい美味しい食べ物の多いところはそうありません。

懐かしい味 ●カッチン酒

芹生ではかすみ網の鳥とりが名物である。シベリアから大海を翔び越えて裏日本に上陸し、南方に去る渡り鳥の一種、あとり・かっちん・つぐみなどの通り道になっているものらしい。 シーズン中の夜明けまでに山の捕り場に着いて網にかかるのを見物する。何百羽という中からよく脂の乗ったやつを選んで料理する、 小舎の中での丸焼きだ、これに熱燗のお酒をそそいだ茶碗酒。焼けるしりから頭からかじるとこの味この野趣はお座敷では味わえない。 ところから“芹生で美味い”一番となっているそしてこのワタは壺に詰めて残すのが通の通のみが知る酒の肴である。

懐かしい味 ●芹生のアマゴ

今では養殖ものもあって街の料亭で需要に供しているいようだが、アマゴは清い早瀬の岩間に育ったやつでないと口に骨がさわる。 よって芹生のアマゴと註釈がつくわけ。塩焼にしてもよく、小さいのは天麩羅がよい、 芹生では殆んど四季を通じて賓客の食膳に上る最上のご馳走となっている。

新しい味 ●芹生大根の切漬 / 凍み大根

貴船の料亭でも芹生大根と推称するほどのやわらかさ、これも気温の低いだけに苦労してできている。
「播かず大根」といって野生している一種もあるのが土地の変り種である。
芹生大根の切漬 / 凍み大根

このところ、健康食品として注目の凍み大根。 当地芹生におきましてこの芹生大根を使っての凍み大根作りを進めています。 どうせならばと、小生の敬愛する京料理・露庵菊乃井の村田(次男)さんにお願いし、芹生大根を使った凍み大根料理に取り組んでいただきました。 2週間程してお店にお邪魔したとき、大将村田さんが「社長、出来ましたさかい、試しておくれやす」とのこと。 早速に頂戴したところ、さすが !…。 頂いた5品の全てが甘からず、辛からず、それこそ絶品の味でした。恐れ入りました。 (米田・拝)



いわば菊乃井グループの総料理長

写真:
露庵・菊乃井 店主 村田喜冶氏 菊乃井木屋町店の当初から、長男の村田さんと共に、菊乃井の味を創り育ててこられました、いわば菊乃井グループの総料理長さんです。「村田さんおおきに。またお邪魔します。」


新しい味 ●スモークチーズ・山椒味

寒地・芹生で採れる山椒を、秋まで採らずに残して干山椒にする。これ を潰した上にチーズの塊を押しつけ、燻製容器に入れて薫製にする。干 山椒を作るには大変に手間がかかるが、これ抜きで美味しいスモークチ ーズは作れない。決して舌にピリピリと来ないが口の中にほのかに広が る山椒の味わいは本当に捨てがたい。その手間ゆえに今のところ一シー ズンに300ピースしかできないとは残念だ。
スモークチーズ
スモークチーズ
スモークチーズ
スモークチーズ

菅原伝授手習鑑

寺入りの段

丞相(かんじょうそう)(菅原道真)の子息菅秀才は、芹生の里で寺子屋をひらいている武部源蔵夫婦にかくまわれていました。 源蔵は、菅秀才を我が子と見せかけています。 今日も頑是ない子どもたちが書を習っていますが、源蔵は留守をしており、女房の戸浪は腕白な子どもの世話をしていました。 小太郎という男の子が、寺子屋に入門するため、母親に連れられて来ました。 師匠の源蔵が留守と知った母親は、隣村まで用足しに行くと言い、小太郎を預けてひとまずたちさります。

寺小屋の段

源蔵が、何やら思いつめた様子で帰ってきます。菅秀才をかくまっていることが露見し、 時平の家来春藤玄蕃から、首を討って渡せと言われてきたのです。 源蔵は身代わりをたてようと考えましたが、寺子のなかにふさわしい子どもが見つかりません。
寺小屋の段
あきらめかけていたところ、今日寺入りした小太郎の面差しが菅秀才に似ているのを見て、身代わりの決心を固めました。 検分役は、時平の家来のうち唯ひとり菅秀才の顔見知っている松王丸。春藤玄蕃と共に首を改めにやって来ました。 源蔵が奥で小太郎の首を討って差し出すと、不思議にも松王丸は、菅秀才の首に間違いないと言うのでした。 そして松王丸は病気を理由として時平への奉公に暇を願い、立ち去っていきます。 玄蕃は首を抱えて時平の館へ帰っていきました。 源蔵夫婦がほっとしていると、小太郎の母親が戻ってきます。 源蔵が止むなく母親に切りかかると、女は身をかわし、我が子は身代わりの役に立ったかと問い詰めました。 源蔵が驚いていると、松王丸が再び現れて仔細を語ります。

寺小屋の段

松王丸は仮病を使って時平に暇を願い出ましたが、菅秀才の首を検分したら暇をやろうと言いました。 そこで、大恩受けた菅丞相に報いるため、女房の千代と言い合わせ、我が子を若君の身代わりとして寺入りさせたのです。 やがて松王丸は、北嵯峨で時平方の手から救った御台所を招き入れ、若君とひさしぶりの対面をさせます。 そして一同で、小太郎のために、野辺の送りをしたのでした。

左写真:
平成27年「三月大歌舞伎・菅原伝授手習鑑」 歌舞伎座
出演: 片岡仁左衛門/市川染五郎/尾上松緑/尾上菊之助/片岡孝太郎/片岡愛之助


(故)米田力三氏

米田力三氏

ここ芹生に生まれ、13歳の時京都市内の鉄工所に丁稚奉公のため入京。 その後1941年に株式会社米田製作所(現在のYONE株式会社)を設立。 故郷芹生を心より愛し、生まれ故郷に錦をとの思いは当然ながら、同時にできるだけ多くの人にここ芹生を訪れて頂きたいという思いで、この掬水庵を設けました。

●享年100歳(数え歳)/元京都西ロータリークラブ会長 /黄綬褒章 /勲5等瑞宝章


里山・芹生町/芹生の里保存会

名歌舞伎・菅原伝授手習鑑/寺小屋の段の旧跡でありながら、現在では殆どの人に忘れられてきた里山・芹生。誠に残念なことでありますが、 この小さな山里もこのままでは廃村となる可能性が大変に高くなって参りました。 この後もこの貴重な文化遺産を持つ芹生の里を守り、残して行くことを目的としまして、この度「芹生の里保存会(NPO法人)」を設立する運びとなりました。 これからもできるだけ多くの方々がこの里山・芹生に訪れて頂ければと心より願っております。

平成28年4月吉日
芹生の里保存会一同

NPO法人 芹生の里保存会

現在設立に向け準備中です。

お問い合わせは、 NPO法人 芹生の里保存会 準備委員会  YONE株式会社 総務部内 ☎075-821-1185